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このページは2005年5月16日〜5月31日の日記です。

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2005年5月31日(火)

薔薇の予言によると、運命の出会いがあるかも……

とうとう5月の最終日。月日の経つのは速いものね、ほんと、呆れるくらい速い!ところで今日、私が考案した「薔薇タロットカード」の占いを掲載した「女性自身」が発売された。厚紙にバラの写真が印刷されていて、切り離すと22枚のタロットカードになる。カードは色校(カラーの校正刷り)の際に見せていただいたが、そのときよりもっとバラの花の写真が美しくて嬉しくなった。バラの写真を集めるだけで、編集の方はとても大変だったと思う。なにしろ、パワーのある良いカードをつくりたい一心で、私はめったに見られないようなめずらしいバラなども指定してしまったのよね。本当によくここまで美しい写真を集めてくださったと思う。感謝しなければ……。そのかいあって、22種類のバラの写真は眺めるだけでも幸せな気分になれるのではないかしら。

ところで、ひとつだけアドバイスをさせていただくと、厚紙のバラのカードを切り離すには、ハサミを使うより、下の写真のように、定規を当て、金色の線に沿ってカッターナイフで切ると、きれいに揃って切れるのでよいと思う。皆様に薔薇タロットで楽しく占っていただけたら、とても嬉しい。

関連記事 ⇒ 「What's New」

2005年5月30日(月)

恥ずかしながら、私の手芸品……

今日は一日中、雨が降り続く肌寒い日になった。以前、日記に書いたと思うが、私は決して雨は嫌いではない。外出の予定がある日なら、少々面倒にも思えるが、外に雨を感じながら部屋でゆっくりするのは、最高に心地いい。でも、残念ながら、今はその時間がないけれどね。時間を気にせずに一日中、読書していられたら、どんなにいいか! そう、刺繍などをするのもいいな……。

私はカトリックの女子校だったためか、中学の三年間は刺繍の授業があり、スペイン人のシスターからフランスやスウェーデンなどのヨーロッパの刺繍を教わった。私はこの刺繍がとても好きだったのよね。お花などをひと針ひと針、丁寧に刺した。シスターが「上手な刺繍は裏まできれいですよ」とおっしゃったので、裏まで真剣に気を配って刺繍していた。私には占いを除けば特技と言えるものはなかったが、この刺繍だけはいつも最高点だった。テーブルクロスやナプキン、エプロン、クッションなどを制作したが、生徒の作品は毎年、11月3日に学校で開かれるバザーに出品したため、ひとつも手元に残っていない。

大学卒業後、急に思いついて文化刺繍にチャレンジ。「スイス、アルプスの情景」と「初夏の渓谷」の二つの風景画を刺繍した。これは額に入って、母が晩年暮らした家の寝室に今も飾ってある。私の夢は年をとってから、美しい音楽か雨音でも聞きながら、ゆったりと刺繍を楽しむこと。そんな自分を想像すると、嬉しくなる。

写真は十数年前に作ったコースター。手芸店でたまたま見つけたリリアンの道具が懐かしくて買ったのがきっかけだった。リリアンの糸ではなく毛糸を使って編んで、それをクルクル丸めて手芸用の接着剤で接着。周りをお花のパーツで飾ったもので、刺繍ではないし、とてもお見せするような代物ではないが、ときどきこのコースターを使っている。恥ずかしいのだけれど、こんなイタズラもたまにするということで……。

2005年5月29日(日)

このモンキーの名前は「CAMILLE」で〜す!

一日中、部屋にこもって執筆をしていたが、夕方になってから、無性に散歩をしたくなり、外に出た。散歩をするときは、いつも小さなワインレッドのポシェットを斜めがけにして出かける。このポシェットには同色のモンキーのマスコットがついている。こう書けば、お気づきの方も多いと思うが、キプリングのポシェットだ。

私はかつてブランドに夢中になったことはない。でも、決してアンチブランド人間ではない。ブランドものにはその名にふさわしい個性と品質の良さがあることはよく解る。数は少ないが、私もブランド品をいくつか持っている。でも、それはたまたま気に入ったのが、ブランド物だったというだけのこと。○○ブランドだから、そのブランドで何から何まで揃えたいという気持ちにはなれないのよね。

ところが、そんな私が最近はまってしまったのが、この「キプリング(KipLing)」というベルギー生まれのカジュアルバッグのブランド。もうご存じの方も多いと思うので、ここで改めてご紹介する必要はないと思うが、すべてのバッグには上の写真のようなモンキーのマスコットがついている。しかも、そのモンキー、長い手を組み合わせたり、指を口にくわえさせたりできるオチャメなつくりなのよね。それだけではない、それぞれのモンキーにはユニークな名前がつけられていて、その遊び心が実に楽しい。

私が初めてキプリングを知ったのは、実はQVCのテレビショッピング。ユニセックスな感じのデザインにひかれた。でも、はっきり言ってモンキーのマスコットには、ちょっと抵抗があった。「この年齢でモンキーつきのバッグだなんて、いくら何でも子供っぽくないかしら? なんか気恥ずかしいし……」としばらく迷っていたが、お散歩用のポシェットなら許されるかもしれないと、思いきって注文した。 

でも、ポシェットが届いてみると、これがとてもいいじゃないの! モンキーがついていても、子供っぽさを感じさせないので、すっかり気に入ってしまった。その後、第二弾として、黒のショルダーバッグを購入。これまた気に入って、それからというもの、違うデザインのバッグや化粧ポーチ、ペンケースなどを買い足して、短期間の間に、キプリングが7点になった。

キプリングの良さはお手頃価格のわりには、使用されている生地がしっかりしていて、軽く、防水もされていること。ファスナーも開け閉めしやすく、ショルダーのベルトが太いので楽。とにかく使い勝手がいいのよね。デザインも飽きがこない。ただ、キプリングのバッグは、カジュアルなデザインだから、パーティーやちょっとあらたまった席には向かない。でも、通勤ぐらいならじゅうぶん使えそうだし、私のように年齢が高くても問題はないと思う。私は当分の間、キプリングのコレクターになりそうね。

手前は「ELINE」、左奥は「LESLEY」という名前だよ〜ん!

2005年5月28日(土)

向こうから、アンが歩いてきそう。
「赤毛のアンのカントリーノート」(救龍堂グラフィックス刊)

今日の午後、ネットで注文した「赤毛のアンのカントリーノート」という写真集が届いた。古い話になるが、私は中学一年の時から二つの文学に熱中した。ひとつは夏目漱石の作品で、もうひとつはL.M.モンゴメリの「赤毛のアン」だ。「赤毛のアン」は「アンの娘リラ」まで全巻読破したが、今でも1巻と2巻は折に触れ、読み返している。そして、その度にアンの自然や人に対する優しくデリケートな感性に共感し、新たな感動を覚えている。

そんなわけだから、「赤毛のアンのお料理ノート」や「赤毛のアンの生活事典」など、アンに関係する本も自然に集まった。今日届いた本は、アンの島であるプリンスエドワード島の風景写真が、多く掲載されていて嬉しい。プリンスエドワード島はカナダにあるが、実は私は17、8年前に旅をしたことがある。この島はカナダと言っても大西洋側にあり、飛行機の便数も少ないので、かなり遠く感じる。トロントで一泊し、飛行機を乗り継がないと辿り着かないのよね。

でも、長時間をかけて行ったかいはあった。島のほとんどの産業が農業であるせいか、どこへ行っても今にもアンが走り出てくるような素朴で美しい景色! アンが書かれた時代がそのまま残っているような場所も多く、何とも言えない安らぎに満ちていた。山があるわけではなく、起伏があっても丘がある程度で、島の景色に大きな変化はない。それなのに、不思議なほど優しい魅力にあふれていた。旅をしたのは9月だったが、ワイルドフラワーがあちこちに咲き乱れ、海の入り江にはBlue heron(あおさぎ)が飛び交っていた。きっと今でもあまり近代化はされていないのではないかしら?

プリンスエドワード島はワイルドフラワーの宝庫であると言われる。島で買った植物図鑑によると、ほとんどの花の開花期は7月初旬。その時期にまた訪れたいと願いながら、まだ実現できずにいる。当分の間は、写真集などで島の魅力と想い出にひたろう。

2005年5月27日(金)

飛行機が空を飛ぶなんて、今では誰も驚かないわね。

5月7日の日記で、このホームページに来てくださる方は、北海道から沖縄までにとどまらず、遠く海外在住の方もおいでになることをご紹介した。今日はオーストラリアのケアンズにお住まいの主婦の方からメールをいただいた。

インターネットが現在のように普及し、通信速度も高またお陰で、ほとんどのHPが瞬時にダウンロードされ、即、自分のパソコン画面で見ることができる。これは、海外のホームページでも同じこと。まるで嘘のような話が現実となっているのだが、私たちはそれを普通のこととして何の疑問も持たなくなっている。

本当はすごいことなのに、当たり前のように思っていることって、他にもけっこうあるのよね。たとえば、電子レンジ、これも火やヒーターを使わずに食品を暖めることができる。ケイタイ電話にしてもそう。無線だからといっても、これだけ多くの人がかけているのに、どうして電話の電波同士がぶつからずにすんでいるのか不思議!飛行機だって何故あんなに大きな機体が空を飛べるのだろうか? 初めて飛行機を見た昔の人々はまさにそういう疑問を抱いたに違いないが、今はほとんどの人が深く考えずに、当然のような顔をして飛行機に乗って飛んで行く。もちろん、私もその一人だ。

話をインターネットに戻そう。さて、あなたは、このホームページのデータ(文章や画像)はどこからダウンロードされたかご存じではないでしょう? あなたが契約されているプロバイダーさんからでしょうか? あるいは、私の書斎のPCから? またあるいは、このホームページの制作管理をしているM&Jさんのサーバーからでしょうか?

実は、このホームページのデータ(文章や画像)は、東京ではなく日本海に面したある地方都市の某レンタルサーバー会社のサーバーにファイルされている。日々、更新するデータは東京の私のPCで作成し、それをM&Jさんにメールで送信。M&Jさんがそのデータを編集、加工し、出来上がったものを前述のレンタルサーバー会社のサーバーへ送信しているというわけ。

つまり、インターネットの世界はまさに地理的なバリアというものを完全になくし、地球規模でのコミュニケーションを可能にしたということなのよね。だから、たとえ、このホームページがアメリカの片田舎に住むパソコン少年が運営するサーバーに置かれても、スイスの牧場の納屋の片隅に置かれたとしても、何ら支障がない。これってやっぱり、本当にすごいことだわ。

2005年5月26日(木)

小学館ウエブサイト「なないろミラクル・メーク占い」
http://www.netkun.com/nanairo/make/

夕方6時から始まった仕事の打ち合わせの終了後、そのメンバーで楽しく美味しいディナーをいただいた。小学館の学年誌の編集長さんがご招待してくださったお食事会で、フランス料理のフルコース。暖炉のあるオシャレなアンティークムードの個室でいただいた。

実は、同社の小学生向けウエブサイトで4月末よりスタートした占いコンテンツ「なないろミラクル メーク占い」が大変好調で、その制作には、私もお手伝いをしている。何でもこのコンテンツには予想を超えるアクセス数があり、早くも大人気になっているようだ。

私はこの20数年、小学館とは切っても切れない関係がある。仕事がなかった月は全くないほど、小学館のお仕事を継続的にしている。小学生向けの占いの単行本だけでも10冊以上は出版していただいたし、学年誌でも長年の連載をさせていただいてきた。なかでも「ミニレディー百科シリーズ」sの占いの本は、18年間売れ続け、現在は韓国版を残して絶版にはなったが、いまだに全国の図書館で児童書の貸し出しベストテンに入ったりしている。とても有り難いことだと思う。

このように、私の場合、成人向けの占いの執筆とともに、たいへん多くの子供向けの雑誌や書籍を今でも手がけている。小中学生向けの雑誌や書籍は他の出版社からもたくさんのお仕事をいただいてきたが、小学館からの仕事のボリュームがいちばん多いと思う。

おもしろいことに、私のように長年にわたって小中学生向けの占いを執筆してくると、私が執筆を始めた頃の読者はもう30代で、お子さんがいらっしゃる方も多いのよね。そして、今は私のウエブの占い「天使たちの予言」で占ってくださっていたり、その方のお子様が学年誌などで私を知り、親子二代で応援してくださったりしている。なかには、お母様が子供のときに愛読された私の占いの本を、ずっと大切に持ち続けていらして、その本をお嬢さんが読んでくださっていたりする。本当に嬉しいことだ。

そうそう、こんなこともあった。何と私の担当編集者になられたかたに、「実は私、子供の頃にモイラ先生の本や雑誌を読んでいて、ずっとファンだったんです」と言われたことがあった。また、何人もの若手の占い師さんには「モイラ先生の本で占いを勉強して、モイラ先生を目標に占い師になったんです!」と告白された。とっても嬉しい言葉だが、でも……でも、私、いつの間にそんな年になったんだろう! 自分でも信じられない気持ちよ。

2005年5月25日(水)

東京新宿から見た今夜のお月様

2004年12月3日から月の満ち欠けを「今日の運勢」のページに毎日UPしている。月の画像はアメリカの天文研究家が公開しているプログラムによるもの。私のホームページで使用することはM&Jさんがその研究家から正式に許可をいただいている。

これは多くの読者の皆様と同じかな、私も月を毎夜必ず実際に見ているわけではない。プログラムで描かれた月の画像を見て、「なるほど明日の夜のお月様はこんな形ね」と確認し、翌日分の「今日の運勢」執筆の一部に採り入れている。それでもときどき月の画像が本当に間違っていないかしら?と、外に出て実際の月の形を確認したことが何回かある。

今夜はいつも携帯しているデジカメで夜空に煌々と輝く月を撮影してみた。夜空が晴れ渡っているからだろう、今宵の月はとても美しい! 撮る前は、たぶん豆粒ほどの月の画像にしかならないだろうと思ったが、撮影倍率を目一杯に上げたら、なんと私のデジカメでも上のような写真が撮れた。すごい!(自画自賛!!)

そう、今日の月は新月を起点とした数え方では18日目の月。俗にいう「待月(まちづき)」ね。満月から2日目の月だ。新月で芽生えた想いや計画が満月ではっきりしたかたちをみせはじめ、その方向性を修正するフェーズに入り始めているのよね。このまま進んで良いのか軌道修正をすべきなのか、冷静な判断が求められる時期。「今月の運勢」や「今日の運勢」を参考にしながら、あなた自身の直感で進路を決めてくださいね。

2005年5月24日(火)

このパワーストーンたちがあなたの元へ
豊富な在庫で溢れるDear Stoneのオフィス

今日は久しぶりにDear Stone の運営会社であるGORTICAを訪問。GORTICAは池袋のサンシャインビルの近くにある。普段、馴染みの薄い池袋だが、Dear Stone のプロジェクトがスタートした昨年から、しばしば訪れるようになった。私が日常的に足を運ぶ銀座、赤坂、六本木、青山、原宿、新宿とは違う独特な活気に満ちた街だ。

さて、今日のGORTICA訪問の目的は二つあった。一つは、某出版社の副編集長さんをお連れすること。もう一つは、6月以降のDear Stoneの運営方針などをスタッフと打ち合わせをすることだった。

この副編集長さんには、以前、別の仕事でお会いしたときに、私がパワーストーンのお話をしたことがあった。それがきっかけで、パワーストーンに関心を持たれ、機会があればDear Stoneの会社を訪問されたいということになっていた。その約束が今日果たされた訳だ。なにしろDear Stoneの会社にはありとあらゆるパワーストーンが所狭しといった感じに保管されている。壁一面にもパワーストーンの束が下げられているので、パワーストーンを知るうえではうってつけの場所なのよね。副編集長さんもひとわたりパワーストーンをご覧になったうえで、最近のパワーストーンの傾向などをスタッフにお訊きになったりした。そして、ご自分の中でパワーストーンに関する知識を再構築されているご様子で帰られた。

その後、Dear Stoneのスタッフと和気あいあいの打ち合わせを行った。店長であり、デザイナーでもある山本さんと、いつも達者なコピーを書いて楽しませてくれる大塚さん。彼女たちがDear Stone スタッフの中心的存在となっている。

Dear Stoneも楽天にオープンして、早いものでもうじきまる5ヶ月になる。スタッフと私は、この5ヶ月間いろいろなチャレンジをしてきた。最重要課題はパワーストーンを愛する方々に心から喜んでいただけるアクササリーをご提供すること。でも、果たして現状で良いのか、改善点は何なのか、といったことを話し合った。この5ヶ月の経験や数字で表れた傾向というものは、大変貴重な判断材料になった。

たぶん、6月からは、今日の打ち合わせを反映した新しい試みがDear Stoneのホームページに展開されるだろう。スタッフと私の夢は「これぞパワーストーンのお店!」と言えるお店づくり。そのために、山本店長さんと大塚さんはさらなる努力を重ねていくこととなる。私のこのホームページにいらしてくださる皆様も、気軽にDearStoneの掲示板(BBS)などにご希望や、アドバイスなどを書き込んでいただけたら嬉しい。日々、労を惜しまず頑張っているスタッフのたいへんな励みになりますので、この場を借りて、私からも改めて応援のお願いをさせていただきます。

◆関連記事 (Dear Stone BBS) ⇒ こちら 

「この石を使ったブレスはどうかしら……」
中央:山本店長、 右:大塚さん

2005年5月23日(月)

レトロなバラの絵はがき
マール社刊「POST CARD-ANTIQUE-1]

朝、鏡を覗いたら、最悪! 毛穴が開いている! 何とかしないと……。実は、今日は午前9時からQVCに生出演の予定。しっかり睡眠をとって出演したかったが、原稿執筆で徹夜になり、肌の状態が最悪になってしまったのだ。というわけで、洗顔後にアクアパックとパッティングで、何とか毛穴を引き締めた。これは、私がプロのメイクアップ・アーティスト養成の特訓を受けた際に習得した技術。これを行わなかったら、メイクが全くのらなかったに違いない。この方法はだいぶ前に日記に記したことがあるが、いずれ、もう一度、詳しくご紹介したいと思う。

ところで、今回のQVCは5月16日に引き続き、バラのアクセサリーの新作などを発表したが、とても好評で嬉しかった。バラといえば、QVCから帰宅後、2時間ほど仮眠をとって執筆した原稿もバラに関する占い。今日はバラの花づいた一日だった。

バラは古代から愛された続けている花。上の写真は19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で大流行した絵はがきを集めたポストカードブックの中の一枚。モノクロの写真に手で彩色をほどこした、この何とも言えないレトロ感がたまらない。この写真にもバラがあしらわれていて、何かホッとするものを感じる。

2005年5月22日(日)

感覚語の宝庫は「マンガ」にあり
写真の出典は下記に表示

昨日の日記でスペインのお菓子「ポルボロン」の崩れやすい食感を表現するのにしばし考えあぐねた。結局、頭に浮かんだのは「ホワワワ」という言葉だった。これでその感じがうまく伝わったかどうか分からないが、考えてみると、けっこうこういう言葉が私たちの生活の中にはある。今、思いつくままに書いてみよう。

「キャッ」と驚く、「ギャー」叫ぶ、「すっく」と立ち上がる、「ころころ」と転がる、「わいわい」騒ぐ、「ふらふら」歩く、「パチリ」と撮す、「グラグラ」煮る、「スパッ」と切る、「さらり」と忘れる、「シーン」と静まる、「パンパン」に張る、「ダダーッ」と崩れる、「くすくす」笑う、「ゲラゲラ」笑う、「ぴちゃぴちゃ」はねる、「ぐるぐる」回る、「ぐらぐら」揺れる、「キラキラ」光る、「するり」と抜ける、「パッ」とひらめく、「ブスリ」と刺す、「ガンガン」攻める、「ビンビン」ひびく、「カラカラ」と回る、「スイスイ」泳ぐ、「パチパチ」はぜる、「ジャラジャラ」出る、「ビュンビュン」吹く、「ジャーッ」と水を出す、「ジャージャー」流す、「ザーザー」「シトシト」降る、「ギーッ」と音を立てる、「ポイ」と捨てる、「ゴクリ」と飲み込む、「ピカッ」と光る、「カッカ」と怒る、「ニンマリ」する、「クルッ」と回る、「サッ」と手を挙げる、「ほかほか」に蒸す、「パラパラ」めくる、「ドン」と居座る、「よよ」と泣きくずれる、「キーキー」と悲鳴をあげる、「ボン」と叩く、「コツン」とぶつける、「スーッ」と現れる、「ガクン」と止まる、「よちよち」歩く、「ぶらぶら」揺れる、「キュッ」と締める、「パリッ」と折る、……等々。まだまだキリなくある。私は思いつくとひとつのことにのめり込んでしまう癖があるのよね。こんなにいくつも書いてしまった。

さて、これらの言葉というのはどういう性質を持つ言語なのだろうか? お気づきのように、音から発想した聴覚的表現と目で見た視覚的表現が多い。これを擬声語、擬音語、擬態語というが、特徴的なのは、「〜する」の前につく副詞であったり、名詞の前につく形容詞だったりするものがほとんど。

私はこの種の学術的な本や論文をついぞ目にしたことはないが、あるのかしら? どなたか、日本語の中にあるこうした豊かな表現語を言語学的レベルで本格的に研究されたら、ユニークな研究分野が広がるかもしれない。「ジャンジャン!」、終わり。

写真のマンガは小学館刊「小学三年生」2003年7月号掲載の「ロックマンエグゼ」(シナリオ:けいじま潤氏、まんが:あさだみほ氏)の一部を撮影させていただいたものです。

2005年5月21日(土)

包み紙も独特な「懐かしいお菓子」
polvorones

5月11日の日記に書いた「電話友達」の一人から、今日、突然に贈り物が届いた。私の誕生日が明日であることを憶えていてくれたのかと思い、お礼の電話を入れたらそうではなかった。「懐かしいお菓子」を発見したので、送ってくれたそうだ。でも、彼女の心遣いがほんとに嬉しい!

この「懐かしいお菓子」は、彼女と私が中高生のときに通っていた学校の購買部で販売されていたものと、そっくり同じ物だった。私たちの母校は光塩女子学院というスペイン系カトリックの女子校で、当時、収益事業のひとつとしてクッキーやケーキをつくり販売していた。修道院でつくるお菓子としては、函館のトラピスト修道院のクッキーが有名よね。光塩のシスターたちも同様に、当時はクッキーやケーキを作って近隣のお菓子屋さんに卸しており、その一部が学校の購買部でも販売されていた。ただ、私たちが卒業してしばらく後に、販売目的のお菓子作りは取りやめになったそうだ。

その懐かしいお菓子の名は「ポルボロン」。上の写真のようにクッキー状だが、口に運び歯を当てると、たちまちホワワワとくずれて口に溶け込む独特の食感が特徴。このくずれやすい食感を創り出すには、使用する薄力粉を180度の温度で30分もかけて煎り、粘りの出るグルテンを飛ばしているそうだ。アーモンドパウダーとシナモンパウダーがからみあった、何とも言えない優しい味は、とうの昔に過ぎ去った10代の頃を走馬燈のように思い起こさせてくれた。

お菓子にまつわる想い出として、今でも印象的に残っているのは、あの頃、お菓子を焼く甘い香りが毎日、お昼近くなると教室にまで流れ込んできたこと。そうでなくても育ち盛り、食べ盛りの私たちは、香りをかいだとたんにお腹が空いて空いて……ときには、勉強どころではない気分になった。そして、お小遣いをもらいたてのときなどには、放課後にケーキやポルボロンなどを買って、友人たちと一緒に楽しくいただいた。そんなわけで、このポルボロンは贈ってくれた彼女にとっても私にとっても特別なお菓子なのだ。

ところで、ポルボロン、光塩を卒業して以来、一度も口にしたことがなかったので、一般には販売されていないのかもしれないと思っていた。でも、あらためてネットで検索してみたら、南スペインに広がるアンダルシア地方のお菓子として、販売しているお店もあるし、作り方まで紹介されていることが分かった。ケーキやクッキーづくりが得意な方は、一度チャレンジされてみては如何かしら。

2005年5月20日(金)

弘法は「寝る場所」を選ばず…な〜んて!

昨夜というか、今朝の3時に某出版社に原稿の一部となる資料を作成し、メール添付で送信した。そのあとは、お昼過ぎまでキーボードを叩き続け、午後1時頃になって、どうにも眠くてたまらずベッドに倒れ込み爆睡。2時間ほどで目を覚ました。原稿のことが気がかりで、神経が少し緊張していたようだ。目覚ましなしでも目が覚めて、執筆を続けた。

こうして私の日常をご紹介すると、「ちょっと異常じゃない?」と思われる方が多いかも知れないが、私にしてみれば、それほど特異な日常ではない。というのは、そういうことが通常という業界の中で私が仕事をしているからなのよね。

昨夜の例をもう少し詳しくお話しすると、某出版社の女性編集者の方から資料提出の依頼の電話があったのは、確か午前0時少し前。急ぎの様子だったので、「では、3時頃までにメールで送ります」という約束をした。このように徹夜が当たり前で仕事をしている人たちがたくさんいる。私の仕事と関わりのあるところでは、出版社、特に月刊誌や週刊誌の編集の方々はなおさらだ。また、テレビの制作プロダクションの方々も同様だ。

したがって、そうした業界の中で仕事をこなしていくには、必然的に昼夜の時間の観念が希薄にならざるを得ないのよね。「朝まで会社にいますから、原稿、何時でもかまいません」と編集の方に言われることもけっこう多く、そんなことでは決して驚かない。いつも当たり前のように受け止めている。

ただ、気がかりなのは、徹夜を常とする若い編集者の方々やテレビ番組の制作技術の方々の健康問題。私は幸いなことに体がタフらしく、なんとか健康を維持できているが、たいていそういう業界の方は、顔色があまり健康的ではない。日常の無理が響いているからだと思う。疲れが表情に表れていたりすると、自分のことを棚に上げて、「十分に睡眠をとらないと……」などと心配してしまう。

2005年5月19日(木)

消えないで欲しい"喫茶店"

時代の変化とともにその存在が世の中の片隅に追いやられてしまうものがある。そのひとつに、いわゆる「喫茶店」がある。かつては、喫茶店といえば、どこの街にもあふれるほどあって、大学生などは日がな一日、気のあった友人ととりとめもない話に花を咲かせたものだ。ところが、いつの間にか、その「いわゆる喫茶店」の数がめっきり少なくなった。

私の住む街も例外ではない。年を追って少なくなっている。昨年まであったお店が、いつの間にかラーメン屋さんに変わっていたり、テナント募集の張り紙が出されていたり、そのうち「喫茶店」という言葉自体が死語になってしまう時代がくるかもしれない。

代わりにあちこちにできた手軽なコーヒーショップは、急いでいるときなどは、なかなか使い勝手がいい。渇いた喉を潤しにちょっと立ち寄って、サッと飲んでサッと店を出る。いっさい面倒なことがない。でも、気分的に、あるいは時間的にゆとりのあるときなどは、立ち寄る気になれないのよね。こちらがいくらゆったりした気持ちでいても、お店に入ったとたんに気分がせわしくなる。そこには、ゆったりさせない何かがあるのだ。だから、結局はゆっくりせずに席を立ってしまうことになる。

いわゆる喫茶店には、人と人の心の触れ合いやゆったりとした時間の流れがある。また、何も考えずにぼんやりと過ごしても、独り物思いにふけっても許される空気がある……。ただ、こうした時代の変化とともに失われていくものへの郷愁を口にすると、単なる「懐古趣味」と笑われるかもしれない。でも、心の触れ合いやゆったりした気持ちは、時代を越えて失ってはいけない大切なものではないだろうか。

私は年頭の占いで「昔の良き時代に思いを馳せる傾向は続き……」と記したが、こうした思いは、世の中の多くの人々の心に確かに芽生えてきている。そして、古き良きものを取り戻そうとするムーブメントがいろいろな分野で始まろうとしている。

2005年5月18日(水)

去年の夏から準備していたのね……

夕方、PCのニューモデルを見るために近くの家電店へ向かった。徒歩で西新宿の高層ビル街を通り抜けていくと、サツキの植え込みにきれいに花が咲き始めていて、思わず惹きつけられ、歩をゆるめた。ふと気づくと、すぐ隣のビルのサツキにはほとんど花が咲いていない。「種類の違うサツキかしら?」 私は同行してくれたマネージャーに何気なく話しかけた。「刈り込みが遅かったのだと思いますよ」マネージャーはこともなげにそう答えた。「それ、どういうこと?」私は何のことか解らずに、質問した。

マネージャーの説明によると、サツキの花の元となる「花芽」というのは、人知れず夏の間にできるとか。そのため、秋になってから刈り込むと、その花芽まで刈り取られてしまい、翌年、花をつけることができないのだという。だから、サツキの刈り込みは、花が終わったらできるだけ早いうちに実行して、その後は、刈り込みの形がひどくくずれた部分だけを剪定すれば良いとのこと。

園芸に馴染みがない私には、まさに「目からウロコ」の話だった。でも、「タイミング」をはずすと、実るものも実らなくなるなんて、これは人の運勢とも関係があることね。よく、何をするにも決断ができなくて、問題を先送りしてしまう人がいる。そういう人は慎重すぎる性格であるか、あるいは面倒くさがり屋さんかのどちらかのことが多い。また、ふだんはそういう傾向がなくても、人生の岐路に立ったときに、急に迷路にでも迷い込んだようになり、優柔不断になる場合もある。どの方向に進んだら良いかが分からず、何も決断できずに悩み続けてしまうのね。

そのようなとき、まず必要なのは、できるだけ自分を客観的に見つめ、問題を順序立てて整理してみることだ。そして、結論を出す期限を自分で決めること、これが大切なのよね。この基本さえ肝に命じておけば、タイミングを逃すことはあまりない。

私は、決断に迷っている方から相談を受けると、占いによる適切なタイミングの判断とともに、問題に対処する考え方のアドバイスをしている。たいていの場合、私がちょっと背中を押してあげるだけで大丈夫。相談者は「目からウロコ」なのか、明るく前向きな考えを取り戻してくれて、私もホッとする。

2005年5月17日(火)

しばし頭の休息に……

昨日の日記にちょっと書いたが、仕事が一段落してベッドに倒れ込んだのが今朝の7時過ぎ。それでも締め切りを延ばしてもらっている原稿や今日が締め切り日の原稿があるので、目覚ましをお昼の12時に合わせた。でも、すぐに飛び起きることが出来ず、ベッドの中でぐずぐずして、結局、起きあがったのが12時半近く。こんな日はまともな食事なんて無理だから、マネージャーに頼んで買ってきてもらったおにぎりや冷凍の鍋焼きうどんで頑張ることにした。

数本の原稿を書き上げ、メール添付で送り終わったら、今日もまた夜中の3時になってしまった。実際にはもう18日ね。あと1本の原稿は18日の午前中まででOKとの有り難いご連絡をいただいたので、その間隙にこの日記を書いている。

ともかくこういうハードスケジュールのときは、仕事と仕事の合間に頭の中をリフレッシュすることが必要。私はそのために読むのではなく観るのが中心の本を何冊も所蔵している。今日、ご紹介するのはそんな愛蔵書の中の1冊。シセリー・マリー・バーカーの「花の妖精たち(” Flower Fairies “)」だ。彼女は1895年6月に英国は南ロンドンのクロイドンで生まれ、13歳のころから詩と絵の才能が開花。1973年、77歳で他界するまで類い希な独特の世界を創造し続けた作家だ。

絵を見れば、多くの方がどこかで一度は見たことがある有名な妖精画だが、何度見ても飽きない美しさと優しさに溢れている。この本はいつも手が届くところに置いてあり、頭が疲れてくるとパラパラとページをめくっては見入る。しばしロマンティックな世界に心を遊ばせると、仕事の集中力が不思議に回復するのよね。

A Deluxe Book Of Flower Fairies
Cicely Mary Barker

2005年5月16日(月)

海の上の高架高速道路から見た東京ベイエリア

夜8時から10時までQVCの生放送があった。観てくださった方もいらっしゃると思うが、2時間もの長い間お付き合いくださって、本当に有り難いと思う。日記上で申しあげるのは何ですが、心から感謝しています。

さて、そのQVCの生出演のため、午後5時40分に車で自宅を出発。まず首都高速に乗り、途中から東関東道という高速道路を走り、幕張にあるQVC本社へと向かった。距離としては銀座・箱崎経由のほうがいくぶん近いのだが、たいていレインボーブリッジのあるお台場経由で行く。この方が渋滞に巻き込まれる可能性が極めて低いからだ。案の定、箱崎経由の方は今日も大渋滞! でも、私の乗った車はスイスイと湾岸の高架高速道路を快走した。

レインボーブリッジの前後の高架道路から東京の風景を見ると、高層のマンションやオフィスビルがニョキニョキと立ち並び、ここが日本?と思うくらい近代都市の景観だ。上の写真はそんな様子をご紹介したくて、車中から撮った1枚。

でも、東京湾の景観のことはこれくらいにして、テレビの「生」と「収録」の違いについて、ちょっと書いておきたい。「生」というのは「生出演」のこと。「収録」というのは録画撮りされたものが編集され、後日、放映されるもので、私の場合は、「生」と「収録」の割合は半々ぐらいだ。「生は失敗が許されないし、緊張するでしょう?」といろいろな方からよく訊かれる。「収録」なら失敗しても、やり直しがきくから気が楽だろうと誰しも思われるようだ。でも、実は私は「生」のほうがずっと楽に感じるし、好きなのよね。

なぜなら、「生」の場合は、その時間が過ぎてしまえば、それで仕事は終わりだし、自分が話した全てに責任が持てるからだ。多少の緊張はあるが、それは「収録」も同じで変わりはない。「収録」の場合は、場面が違うと、別々に細切れに撮影したり、かなり長めに撮影するので、生よりもむしろ長時間を要する。また、収録したテープを後で編集するため、どの部分が生かされ、カットされるのか出演者にはよく分からない。つまり、放送されたものを観て初めて、「なるほど、こういう番組なのね」と番組の全体像が把握できるというわけだ。そのために、ときにはちょっと不安を感じたりすることもあるのよね。

QVCはいつも生で、しかも私の場合は時間をたっぷりとってくださる。そのお陰で私は、ナビゲーターさんと心ゆくまでオシャベリを楽しめる。それにリアルタイムで観ていてくださる方がいらっしゃると思うと、なおさら嬉しくて話に熱が入ってしまう。ナビゲーターさんと二人だけではなく、大勢の方と一緒に話している、そういう感覚が持てるのね。

という訳で、今夜はとても楽しい気分で帰途についたが、夕食がまだだったので食事に行き、帰宅は夜中の2時をまわってしまった。下の写真は帰途のレインボーブリッジのスナップ。この日記を書き終えてから、明日の、いえ今日の運勢を書き上げなければならない。入浴してベッドに入る頃には、夜が明けそうだ。

帰途、レインボーブリッジ走行中のスナップ

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